雨の日の出来事 じぇる
「やっと来たね」
 学校帰りずぶ濡れの僕の前に年下の女の子が立っていた。
 「はい。持ってきたよ」
 1本の傘を差しだした。
 僕はこの子に見覚えは無い。
 「ユキはねぇ高いとこにいたの。でもね、あなたの声が聞こえたの。すぐあの時の子だって分かったの」
 「その内、お母さんが雲に上がってきて、すごく心配してたの」
 「あの日、みんな泣いてたよね。あなたがいつまでも泣いているから、これを返そうと思ったの。ユキは大事にしてたんだよ」
 「僕が泣いてたって」
 「そうよ。雪の降った日よ」

   母を荼毘に付した日。薄曇りの空からハラハラと別れ雪が降っていた。
   白く細く立ち昇る煙を悲しく見ていた。
 
 「君、なんなの」
 「・・・ユキよ」
  彼女は僕に傘を渡した。
 「ユキね、暑いの嫌い。」
 そう言って彼女は消えた。


訳も分からないまま家につき、玄関で傘を見る。
 見覚えのある母のクリーム色の傘。
 涙がぼたぼた落ちた。


 「うわっ!何やってんの進」
 「兄さん」
 こんな時間にいるってことは夜勤明けか。
 僕は今あったことをぼそぼそ話した。
 「兄さん覚えてる?」
 「この傘、母さんのお気に入りだった」
 「お前が誰かに貸して弁償しろと俺が言ったんだ」
  突然、兄さんが両手で顔をつぶしにかかる
 「ひたひにぃひゃん」
 「そんな顔していたら母さんが心配するぞ」
 本当にその通りだ。


 シャワーを浴びて居間に行くと守兄さんが言った。
 「進、あの傘もって食事にいくか」
 「大丈夫?」
 「少し寝たから大丈夫だ。駅前の喫茶店に行って、それから旨いものを食べよう」
 「喫茶店?」
 「母さんの行きつけを見つけた。」
 「行く。絶対行く」
 「兄さん、父さんは?」
 「間に合わなきゃ弁当でも食べてもらおう」
 「なんかヒドくない」


 結局、二人で食事して、運動音痴で朗らかな母さんの話をたくさんした。


 家に帰ると兄さんは、開いた傘を玄関に吊るした。
 「いい感じだろ」
 「そうだね」
 まるで母さんの「おかえり」が聞こえるようだ。


 涙雨も今日でおわり

 ユキちゃん、傘を返してくれてありがとう。
 覚えていてくれて、ありがとう。
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