雪の降るまち
雪の降るまち


 今日は朝からユキたちはそわそわしている。“カンキ”が来るからだ。ユキたちにとってとっても大切な日。だから、今日行こう。とユキは決めていた。

「ユキちゃん、下にいくの」  え?
「きれいにしているの?」  え?
気が付けばユキは小さいユキたちに囲まれていた。
「み・・みんな、どうしたかな?」 これってまずくない?
「おっきいユキちゃん、きてくれたよ」  う・・ちびこちゃんたちなんてことを・・・
「さて、これは何の騒ぎかな。ユーキーちゃん」  こ・・こわいです。姉さま・・・


あのこは下にいってから変わってしまった。“カンキの子”じゃなくなってしまう。
悲しいことを覚えてしまう。


「あの時の子にそんなに会いたいの?」 大きなユキは尋ねた。
「・・はい。会いたいです。」
「もう最後だって、わかってる?」
「だから行くんです。きっとススムは覚えていないけれど・・・前も忘れていました。」
「そう、ならばひとつ、約束してくれるかな?」
大きなユキが、そっとささやいた。


 今日はクリスマスイブ。街はにぎやか。この冬は久しぶりのクリスマス寒気が来るとかで、今夜はホワイトクリスマスかと盛り上がっている。
 進はバイトが終わって白い箱を二つかかえてうちへ帰る途中だ。ジーパンにダッフルコート。マフラーは、首にぐるぐるに巻いている。吐く息がまっしろだ。
サークルの先輩の紹介で、大学ちかくの人気のケーキ屋で製造と販売のアルバイトに今日まで精をだしていたのだ。
「まったく、先輩のおかげでケーキまみれの1年だったよ」 軽く独り言。
夏は、パン工場の冷凍クリスマスケーキ。冬は有名店でデコレーション。綺麗に塗るだけだったけど。
「でも、懐かしいケーキを見つけることができた。」 地元の駅を降りて足取りも軽く家路へ向かっていた。
大通りをはずれ、いつもの住宅街の道に入る。
こんな遅くに、珍しく女の人が道の端に立っていた。

脇を通り過ぎようとした時・・・
すっとした姿。亜麻色の髪。なにかがひっかかる、思い出した記憶と重なる。

「ユキちゃん?」言葉が、ぽろりとこぼれた。
彼女は振り向いた。目をまんまるくして満面の笑顔で
「ススム。 覚えていたの」
「本当に・・ユキちゃんなんだ。」 
「そうよ」
 沈黙・・・頭の中がぐるぐる回っている進がやっと振り絞った一言は
「話・・・してもいいかな。」
「いいよ。」 ユキは、またにっこりほほ笑んだ。

すこし歩くと住宅街の小さな公園にでた。小さいころ進がよく遊んでいた公園だ。
「あそこがいいかな。」外灯の下のベンチをめざした。進はマフラーを外してベンチに敷いた。
「ユキちゃん、ここにどうぞ。」 ユキはちょこんと座った。
立ったまま進は話し出した。
「あの、かあさんの傘をありがとう。すぐ思い出せなくて、ごめん。」
「あの時、ススムは忘れていたね。」 ユキはさらっと言った。
「傘を、今、玄関に傘を吊るしてあるんだけれど、見ていたら思い出したんだ。
あんなちっぽけな出来事だったのに・・・」
ユキはジッとススムを見つめた。
「きみが傘を持ってきてくれて、俺は助かった。それに父さんも。」 ユキは首をかしげた。
「傘の下で父さんが時々ひとりで晩酌をするんだ。何か、話をしているんだ。守兄さんと二階からこっそり聞いてみたけれど、言葉としてはあまり聞き取れなくて内容はわからない。
でも母さんに話しかけているみたいなんだ。写真もあるのに、どうしてあの傘なんだろうね。」
ユキには、思いあたることがある。
ベンチに腰かけたススムに声をかける。
「ねえ、今は何をしているの?」
「え!俺は大学生になって・・・スカイダイブサークルに入って・・」
ススムの言うことがほとんど分からない。でもなんだか嬉しそうに話している。おかあさん。こんなススムを見たら、きっとうれしいだろうな。
「雲を抜けるときなんて、すごいよ!!」
雲・・・ススムのおかあさんに会ったのは雲の上。

下で雨に濡れて、私は溶けて小さくなってしまっていたから、小さいユキたちと一緒にいた。だけど、元は大きいユキだから時々雲の端に離れて傘を被って一人になった。
その日みんなと雪送りをして、ひとりで雲に座っていた時、ススムの泣き声に気づいたの。
「あら、かわいいお嬢さんがいるわ」 女の人が近づいてきた。
あぁ、上に行く人。初めてだわ、私を見つけた人。普通は気づきもしないから。
「何をみているの」
「・・・ちがう。聞いてるの。男の子が泣いてるの」
女の人は隣に座って耳をそばだてた。
「この声、進の声だわ。」
「知ってるの?」
「私の下の息子。優しくて、恥ずかしがり屋」
「なんであんなに、泣いているの?」
「私が死んじゃったから。ちゃんとお別れできてなかったし」
なんだか寂しそう。
「ねぇ、あなたは、どうして傘を差しているの?」
「この傘は、私を助けてくれたの。あの子がくれた大事なの」 ユキは下を指さした。
「あの子・・もしかして進のこと?」
ユキはだまってうなずいた。
「じゃあ、進が傘を貸した子はあなたなの?」 なんだかユキは真っ赤になった。
「どうりで守があんなに言っても、白状しなかったわけね。」
 その女の人はクスクス笑った。
「その傘、みせてくれる?」 ユキは傘を差しだした。
「これね、久し振りにおとうさんと出かけた時に、雨に降られて買ったの。楽しい思い出が詰まっているの」
「こんなところで、もう一度会えるなんてね。」 女の人はしばらく傘を眺めていた。

「今度こそ飛んでいけそうだわ。」 女の人はユキに傘を返して立ち上がった。
「あなた、お名前は?」  
「ユキ」 うつむいて答えた。
「ユキちゃん、傘を大事にしてくれてありがとう。」
「・・・ススム、まだ泣いてる」
「心配だけど、きっとなんとかなる。大丈夫。」 
「どうして」  顔をあげたユキの頬を女の人はそっと撫でた。
「おかあさん、もう何にもできない。でもね、立ち直れるって信じている。」

ひゅうっ   風のようにおかあさんは、上へと飛んで行った。

「・・・それでね、バイト先の奥さんからみんなが貰ったんだ。」
進は小さな白い箱を、ユキに差し出した。
「いちごのショートケーキ。ユキちゃん、貰ってくれる?」
「いいの?」
「一個だけあっても、仕方ないし、もらい物で悪いんだけど」
「開けてみていい?」 
「どうぞ」  嬉しそうなユキにつられ、進はほっとした。
白い雪の様なケーキの上に、真っ赤なイチゴ。

さあ、世界を真っ白に たった一つの大切を見つけましょう。

大きなユキが、よく言う言葉を思い出す。
「食べてみていい?」
「いちご 好きなの?食べてみて。契約農家さんからの、自慢の一品なんだよ」
赤いいちごをつまんで、そっと口のなかへ
すこし暖かいような春の味。とっても甘くて、すこし酸っぱくて・・・。
「う~~ん」ユキは足をぱたぱたさせた。
初めての春の味。ススムのくれた春の味。

ユキは箱の中に小さなフォークが入っているのに気が付いた。
残った真っ白の三角の先っちょを、そおっと切って、フォークに差す。
「はい。ススムも」
「えっ・・・」 ニッコリ差し出す彼女にお断りできそうな雰囲気は、無い。
「どうぞ」
「う・・い、いただきます。」  ぱくり。
あ・・うまい。
ユキも残りを半分にして   ぱくり。
あ・・食べちゃった。
「はい。最後はススム。」  ケーキが差し出された。
え~~。え~~。 進の頭の中は真っ白になった。  そして、ぱくり。
頭はグルグル、顔は真っ赤。    進の思考は完全に停止した。


 続きます
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

COMMENT FORM

以下のフォームからコメントを投稿してください

管理人がいただいたお宝部屋です